小江戸日記

小江戸川越の情報や話題、日々のつれづれを綴っていきます。

川越を舞台とした小説『活版印刷三日月堂』シリーズ

今日はこの年末年始の読書におすすめしたい、川越を舞台とした小説のご紹介。

今月初めに出版されたばかりの活版印刷日月堂 庭のアルバム』(著・ほしおさなえ)。川越の街の一角にある古びた印刷所「三日月堂」とそこの店主・月野弓子を中心に、ストーリーが展開される連作短編形式の小説です。

今作が3作目となるこの『活版印刷日月堂』シリーズ。1作目の『活版印刷日月堂 星たちの栞』、2作目の『~海からの手紙』そしてシリーズ最新作『~庭のアルバム』と3作を通して、ごくありふれた日常のなかで生まれる悩みや、気持ちを伝えることの難しさなどが丁寧に描かれています。私も読みながら「ああ、こういう葛藤や感情、身に覚えがあるな」と何度も思いました。登場人物の中に、誰もが自分に似た人を見つけることができると思います。

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活版印刷所で言葉を拾い、仕事依頼主の思いを具体的な形にする弓子。言葉というものに、そして伝達するということについて我々読者も考えずにはいられなくなります。他者に伝えるということの困難さ。それでも人は言葉を紡ぎ、詩を作り続け、書き残してきたのですね。

2作目に収録されている「海からの手紙」の登場人物の会話に出てきた「投壜通信」という言葉には、表現者の真剣さや切実さが感じられます。「詩は海に投げられた壜に入った手紙みたいなものだって。いつかどこかの岸に、ひょっとしたら心の岸に打ち寄せられるかもしれないという・・・」。たとえ今、ここで受け取り手のいない言葉であっても、どこか遠いところで、あるいは長い時を経て、誰かの心の深いところに届くかもしれない。そんな可能性に賭けて発せられる言葉たち。胸に響くものがあります。

それから、視覚以外の感覚、匂いや肌触り、温度、声などがストーリーの中にクローズアップされているのもこの物語の特徴的なところ。「インスタ映え」するような視覚優位のメディアが大多数の人に訴えかける力がある一方、人と人とがある程度距離を縮めなければ感じることのできない感覚、ぬくもりや空気の震えを共有するような近い距離におけるコミュニケーションには、そこでしか得られない充実感というものがありますよね。そんなことを物語がさりげなく教えてくれます。

口に出すことの少ない思いを掬い取り、寄り添ってくれるようなストーリーは読後、少し人を信頼したくなるような素直で温かい気持ちにさせてくれますよ。

 

◆舞台は小江戸・川越!

さて、このシリーズには、川越に実在する場所や建物がたくさん登場します。観光スポットとしてポピュラーな「時の鐘」や「蔵造り一番街」「大正浪漫夢通り」などと共に、観光客の方にはあまり知られていない場所も結構登場します。

下の写真は、鴉山稲荷神社。活版印刷所三日月堂が位置するとされるのが、ここ鴉山稲荷神社のはす向かいです。

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文中に記述のある通り、仲町交差点を左折してすぐの路地にある醤油店のすぐ先の道を左に曲がるとあります。小さな神社ですが室町時代からあるという古い神社で、気持ちいい空気が漂っています。

小説に出てくる川越の場所や川越まつりなどの行事に関する記述はかなり具体的です(店の名前などは変えてあります)。川越水上公園が出てくる「あわゆきのあと」(2作目の『活版印刷日月堂 海からの手紙』に収録)では、語り手の広太が公園にある多彩なプールを紹介したあと、「しかも県立だから値段も安い。」なんて説明もしてくれて、ちょっと笑ってしまいました。『活版印刷日月堂』は川越のガイド本としても楽しめるのです。小説の舞台をめぐる小さな旅もいいですね。

 

今、『活版印刷日月堂』シリーズ最新刊は、川越の書店でも目立つところにレイアウトされています。

f:id:mkoedo:20171212204100j:plain川越駅改札の中にある小さな書店。

 

f:id:mkoedo:20171212204316j:plain川越駅前ファッションビル「アトレ」6階にある「くまざわ書店」でも目立つところに並んでいました。

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それから川越駅前から本川越方面に続くショッピングストリート"クレアモール"にある「紀伊国屋書店」ではワゴン積みに。

自然体で気取りのない文体で、真摯に毎日を生きている人々を描いたこの小説は、とても川越の街に似合っているような気がします。